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ダビデの星の不思議な力の秘密がようやくわかりました。

ダビデの星は内向型と外向型の出会いの場になっていました。 

ダビデの星はユダヤ教、ユダヤ民族だけでなくて、
古来から世界各地で日本でも不思議な力を持つ図形として使われてきました。
このダビデの星がニューヨークのブルックリンで古い建物の壁に描かれてあったのを初めて見たとき、
本当に不思議な力、スピリットを感じました。
 

ダビデの星は上向きの正三角形に下向きの正三角形を重ねた図形です。
この図形をヘキサグラム(hexagram)といいます。
上向きの正三角形は外向型を表しています。
下向きの正三角形は内向型を表しています。
 

ダビデの星の不思議な力は下向きと上向き、内向―外向を一つにさせる中心点から出ていました。  
内向型と外向型は、180度全く別の方向です。
ところが、ダビデの星は私達に下向きと上向き、内向―外向を一つにさせることが求めていました。
では、どうすればよいでしょうか。
この180度全く違うタイプをそのまま合わせれば、反発し合うだけのように思えます。

下向き、内向型は慎重、静的、保守的、受動的です。
上向き、外向型は積極的、動的、創造的、能動的になります。
けれども、内向型と外向型は互いに必要とし合っていることがわかりました。
そこには下向きと上向き、内向型と外向型を和合させて一つにさせる中心点が必要です。
この中心点がなければ、上向きか下向きかのどちらかに必ず傾きます。

私達もダビデの星の中心点が必要です。
まず、私達は下ではなくて上を見なければいけません。
だがしかし、上ばかり向いている人はちょっとした力でも倒れてしまいます。
だから私達は、ただ単に上だけを見ているだけでなく、下も見なければいけません。
自分の上と下を一つにさせて同時に見なければいけません。
しっかりと地面に足を二本立てて、それから上を見なければいけないのです。
 
ただ単に上を、夢を見るだけではだめだということです。
下も、現実もよく見て、岩の如く、銅像の如くにしっかりと立ちます。
ダビデの星のように上向きと下向きを和合させる中心点が確立させて、
それから動くようにします。確信に満ちた力強い行動ができます。

では中心点、中心核には何があるのでしょうか。
真の愛があります。
ために生きることによってこの中心核が強くなります。
夫婦間、親子、人と人の関係において全てこの中心点が必要です。
この中心点はともに喜んで参加できる場です。
これが強くなればなるほど、幸せな家庭、社会が
出現します。
誰もが行って共に住んでみたい社会です。
そのような社会を私達のまわりから作っていきましょう。




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ダビデの星から見た内向型と外向型

ユングの内向―外向説とは違ってきました。 
 フロイトと別れたユングは進むべき道を探し求めます。
その後最初に発行された本が、人間のタイプ、内向型と外向型について書かれた本です。

河合隼雄氏の「ユング心理学入門」には、「人間には異なる二つの一般的態度があるとユングは考えた」
「あるひとの関心や興味が外界の事物やひとに向けられて、それらとの関係や依存によって特徴づけられているとき、それを外向的と呼び、」「そのひとの関心が内界の主観的要因に重きをおいているときは、内向的といい」

 簡単にいうと、関心が自分自身に向かうか、他者に向かうかで分けるのが、ユングの内向-外向説です。ところが、内向―外向を自己と他者との関係と見ないで、心と体との関係として見ていくと、ユングの内向-外向説とは違ってきたのです。

私達は心と体の二重構造になっていました。

     内向型  心  願望、夢
     現実   体  外向型

 心は体を土台として成長していきます。体の上に心があります。心が体に向けられて、現実の様々な制限に向けられていて,それらに従ってやろうとするとき、内向的といいます。
 
心と体とは住む世界の次元が違います。体は三次元の世界内に制限されていますが、心は三次元の上の四次元の世界に常に向おうとします。心が体から、現実の様々な制限から抜け出して、願望、夢へと向けられているとき、外向的と呼びます。  

 私達は実はこの内向と外向の両方を持っています。けれども、人は内向か外向のどちらかに傾くようになります。それで、内向に傾きやすいタイプは内向型の人であり、外向に傾きやすいタイプは外向型の人になります。

内向型の人とは、 
関心が自分の体、時間的な制限、規則、現実に向かっていて、時間、規則を守って慎重に行動しようとします。たとえば、夜は11時に寝る。朝は6時に起きる。 朝9時から会社で仕事を始めて、午後6時には仕事を終えて帰宅する。

 時間、規則を守って着実に慎重にやろうとします。従順で、忍耐強いです。思いやりがあります。何か問題があれば、正確に指摘します。すぐに行動しないで、じっくりと考えてからやろうとします。

 欠点は、規則、現実にとらわれ過ぎる 傾向があります。初めて会う人、新しい環境にすぐになじめません。何となく硬くて、融通がきかないのです。窮屈で、ぎこちない感じがあります。適当にやればよいことでも、なかなか適当にはやれません。

外向型の人とは、
関心が自分のやりたいと思うことに向かって、時間的な制限や規則をほとんど気にしません。時間ではなくて、方向性、これからなすべきことによって行動を決定しようとします。これからなすべきことが残っていると、午後11時に寝ません。やり終えるまで起きようとします。   

やりたいことを積極的にやろうとします。目標を定めて、力強く進みます。勇気があって、思い切ったことをします。持っている才能を光り輝せようとします。自分だけでなく相手も喜ばせて楽しくやっていこうとします。

 欠点は体、現実を考えようとしない、守るべき規則を守らない傾向があります。調子に乗って、ついやり過ぎてしまいます。どうしても無理しやすいのです。いかにも良さそうなものがあると、惑わされてしまいます。注意しなければいけないときでも、適当にやろうとします
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先天時代と後天時代

易学から見た先天時代  
易の六十四卦の上下の八卦は、先天八卦です。易学から見た先天時代とは、それをやってもいいのかと迷い、何をやればよいのかわからず、現在の位置と状態がわからなくなって、迷子のようになっている状態です。
 方向を失って迷子になれば、まず、何をしなければいけないでしょうか。今どこにいるのか、現在の位置を探し出さないといけません。この現在の位置と状態を、占って出た易の六十四卦で探し出すことができます。


易学から見た後天時代 
九星が保持している八卦は、後天八卦になっていました。易学から見た後天時代とは、現在の位置と状態がわかっていて、迷っていない人です。今何をなすべきかはっきりわかっていて、願望を実現させるためのモデルコースに従って、目的達成に向けて力強く進んでいる状態です。

しかし、人は迷いやすいのです。 
願望実現のモデルコース、正三角形の九星図のABC、 次にDEを通過してもF確信を通過できなくて、「本当にこのままやってよいのか。」「もうやめてしまおうか。」と不安になって、人は迷いやすいのです。
 このように迷ったとき、Dに戻って、何が問題かあいまいにしないで考えます。そして、Eで問題を整理するとともに、余計なものを捨てて周囲の環境を整理してきれいにします。
 知だけで考えてしまうとむずかしいと思う気持ちが先立ってしまいます。「意」と「知」がともに働いてこそ、「情」を引っ張って、不安や迷いをなくして、力強く行動できます。
 占いに興味がある方は、筮竹やコイン、サイコロなどを用いて、易占いをして、今迷っていることについての状態を調べることができます。しかし、必ずなさなければいけないこと、当然こうすべきであるとわかっていることは、易占いをしてはいけません。
 また、ある力が願望実現の「モデルコース」と異なる目的をもってぶつかってきて、外れてしまうことがあります。それは、電車が線路から外れて走ろうとしているようなときです。そのまま走ってしまうと、電車自体も破壊して、まわりにも被害を与えます。その前に止まって修理しなければいけませんが、これまでの易占いの方法では限界があることがわかりました。

「予知能力を最大限に発揮させる占い」を電子出版しました。 
願望実現の「モデルコース」から外れて脱線するところまでひっぱられているとき、トランプの1から8までの計32枚を使用して占うと、スペードの1のカードが出て、気持ちを切り替えて止まるように働きかけます。この占いのポイントを整理して、「予知能力を最大限に発揮させる占い」と名付けて、パブーの電子書籍から電子出版しました。
「予知能力を最大限に発揮させる占い」は、私の父の占いの先生であった、外海由雄氏の「トランプ易」から始まりました。しかし、このトランプ易はこれまでの易学の理論、陰陽五行の説から見て、あり得ない占いなのです。
 どうしてこの占いが成り立つのか考えて、陰陽五行の陰陽と五行を切り離すことにしました。陰陽と気、易の八卦と五気を分離して、それぞれの役割について調べるようになりました。

これまでの易の世界が変わってきました。
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全体的運勢周期とマヤ暦2012年人類滅亡説

個体的運勢周期と全体的運勢周期に分かれていました
 ふつう占いというと、生年月日によって、一人一人の運勢が違っています。
そのような運勢周期を個体的運勢周期といいます。
 それとは別に、全体的運勢周期がありました。
 9年の運勢周期と12年の春夏秋冬の運勢周期には生年月日によって違ってくる個体的運勢周期が別にありますが、
ここでは全体的運勢周期だけを説明します。

9年の全体的運勢周期では、2012年は六白金星の年になります。 
  2012年からの1年間は、これまでの仕上げをする時です。
目標を定めて熱心にやっていけば、必ず結果を残せるようになります。
ゴールが目の前に見えてきました。力強くラストスパートをかけてください。
やり残しがないように、やれることは全てやりつくして、後から悔いが残らないようにしないといけません。
 そして、2013年は五黄土星の年です。五黄土星は九星の始めであり、終わりでもある特別の星です。
2013年からの1年間はこれまでの運勢周期が終わり、新たな9年の運勢周期が始まる期間です。
やり残したことがあれば、この1年でやり終えます。それととともに、次の9年間に向けての準備をします。気持ちを切り替えてやり直せば、すばらしい9年へと出発できるターニングポイントになります。

マヤ暦2012年人類滅亡説の次の年、2013年が五黄土星になっていました 
マヤ文明の暦が2012年で終わることから、人類の最後の年としたのが、マヤ暦2012年滅亡説です。
9年の全体的な運勢周期をつなげて、この滅亡説を考えてみることにします。 マヤ暦2012年の次の2013年は新しい暦の始まりです。
これまでの古い時代が終わり、新しい時代の始まりが2013年です。この年が、終わりであり始まりでもある五黄土星の年になっていました。これは、偶然ではないように思えます。

十干と十二支から見た全体的運勢周期 
 十干の文字の意味は土の中に種がまかれ、成長して、成熟して、枯れ始めるが、中に種を宿して、多くの種を残す様子を表していました。 
 2012年から十干は壬(みずのえ)になります。そして、2013年からは癸(みずのと)になります。
五行説をまとめ解説した中国の古典、五行大義では、この壬と癸をつなげて説明しています。
2012年の壬は、はらむこと、中に種を宿すことを意味します。2013年の癸は、十干の最後の文字で、はかることを意味します。
 はらむとは結実であり、はかるとは計って評価することです。2012年はこれまでやってきたことを熱心にやって、やり終えて、結実させる期間です。2013年はその実が収穫されて、これまでやってきたことが評価される期間になります。
 では、十二支はどうでしょうか。2012年は辰(たつ)、2013年は巳(み)です。
2012年の辰は五行大義では震(ふるう) であり、震動奮迅して、むずかしいそうに見えても、思い切って行動する期間です。
そして2013年の巳は、すでに、やむを意味します。植物の成長がすでに終わって、花を咲かせる準備に向う期間です。 

九星、十干、十二支に共通していることは  
2012年は、これまでの仕上げをする時、ゴールが目の前にあるので、力強くラストスパートをかけてください。これまでやってきたことが結実します。むすかしいそうに見えても、思い切って行動する年です。
2013年からはこれまでやってきたことが評価される年、これまでやってきたことを終えて、新しい段階へと向う年です。
 マヤ暦2012年人類滅亡説、この2012年は恐ろしいことが起こる年ではなくて、大きな区切りを迎える年、これまでの総仕上げをしなければいけない年になります。
 2012年に生みの苦しみがあるかもしれませんが、がんばった分だけ計られて、2013年はすばらしく評価される年になります。
 しかし、2012年にやるべきことを何もやらなかったとしたら、2013年はきびしく審判される年になる可能性はあります。マヤ暦2012人類滅亡説はこのような大きな転換期を私達人類が迎えていることを教えているのです。

年の九星、十干、十二支が変わる日は1月1日ではなく、2月4日です。
1月1日から十二支が変わるように思われています、
しかし、年の十二支だけでなく九星や十干が変わる日は新暦の1月1日ではなくて、立春の前日の節分、2月4日から変わることに注意してください。
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易の八卦と六十四卦の情緒的な内容を明らかにします。


物情騒然たる現在の世の中で生活していると、ともすればむなしさやつかれを覚えやすいものです。
その中で、もしいつまでも変わらないもの、心情に響く情緒的なものがあれば、誰しもがそれを求めざるを得なくなります。そして、ただそれを知るだけでなく、それに従って考えて生活を営み、人を愛して愛されるような、人の世で幸せに生きてみたいと強く思うようになります。
 私は父親の影響を受けて、高校3年のときから、易に興味を持ち始めました。何か大切なものが易に隠されていると感じたからです。
大学生になってから、易の本を読み始めて、まず興味を持ったのが、易の八人家族でした。父と母、長男と長女、次男と次女、三男と三女の情緒的な世界が展開されていて、家族の大切さを表している易は実にすばらしいと思うようになりました。
 現在の日本において易というと、占いのことかと思うか、迷信扱いされるか、あるいはむつかしいと思われて敬遠されるかのどれかでしょう。
確かに、易は古代中国で占いとして始まりましたが、やがて儒教によって易は思想哲学となります。易は、占いのみならず、道徳、学術、宗教の基となってきたのです。
 私が本格的に易の勉強を始めたのは、アメリカにきてからです。 英語の勉強もかねて、英語でも易を読んでみようと思って、ニューヨークの書店に行きました。
東洋哲学のコーナーに常時、10種類以上の易の本がおかれてありました。そこで買った英語の易の本の中にあった河図と洛書の暗号解読をやり始めて、易の背後に隠されていた秘密が明らかになってきました。
 それから、今年で18年が過ぎました。私のこれまでの易学研究の成果を二つの占いに生かすことできました。それが、この「予知能力を最大限に発揮させる占い」と「九天使占い」です。
この二つの占いの本をほぼ同時に2011年11月に書き終えて、電子書籍の形ではありますが、このリンクの中に五つに分けて入れました。ぜひ、読んでいただけますようお願いいたします。
 しかし、易は占いの世界にのみ適用されるものではないのです。易は本来科学なのです。
心理学、社会学、経済学などの人文科学と、化学、物理学などの自然科学をより高い次元へと発展させるための学術研究の方法として導入されなければいけません。
 そのためには、今のままの易ではいけません。易の八卦と六十四卦の情緒的な内容が明らかにされなければいけません。それによって、はじめて、私達が住んでいる人の世界を突き動かしている、永遠不変の原理が鮮明に浮かび上がってくるのです。   
 18年間かかりましたが、占いの本を無事書き終えたということで、今の私には不思議な開放感があります。そして、これで終わらす、これからは占いのわくから出て、本来の易学の原点にもどって、もっと自由に書きたいという意欲がわいてきました。
 これまでの易の世界を変えます。映画「マネーボール」にあるように「今までと違う発想が必要」「常識を打ち破れ」「変えられる」と信じてやってきました。また、「易の長い伝統をバカにしている」と言われるかもしれませんが、心の底から「これしかない」という思いがこみあげてきます。
 とりあえず、ブログの名前は占いがついたままにしておきますが、これからは内容を変えます。占いに関心のない方でも、読んでいただけるようにします。どのように思われるか、ぜひコメント、メッセージなどメールしていただければ、幸いです。   

2011年12月3日 ヘンリー湯川 
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